大人のるる休み

そこそこ大人、中身は子供、時々オヤジ「るる」のずる休み推進日記です。

おじいちゃん死んだ

しばらく更新できませんでした。

今日でおじいちゃんがご臨終してからちょうど一週間、御年93歳。大往生。

 

ちょうど一週間前の今の時間に「じいちゃん、死にそう!!」

の電話が来て車を飛ばしていたころ。

 

間に合わなかったけど、最後顔を見れてほっとした。

姉と病院で雑談しながら、葬儀屋さんが来るのを待って

おじいちゃんの亡骸が運ばれて、さて、また明日子供と旦那を連れて

線香あげに来ようかね、と思っていたのだが

一向に父と叔母から「もう遅いからかえっていいぞ」の一声がかからない。

 

父と叔母は定年しているからいいけど、私と姉は明日も普通に仕事で

気が付けば夜11時半。

葬儀社の人は葬儀の打ち合わせを進めようとしているが

父も叔母もそもそもペンを執る気すらもなさそうだ。

 

いやいや、これでは進む話も進まない。

結局姉と私が残り、最終的にはほとんど葬儀屋の話は私と姉が聞き入れて

私たちが取り決めの判断を下したような状態。

結果うちに帰れたのは深夜2時過ぎでした。

 

いままで、父はすべてにおいて自分決めて

「お前たちは余計な口を出すな」っていう頑固おやじだったのに

親の死に直面したからか、それとももう歳なのかな。

なんだか、頼りなくなった、オヤジ。

 

順調に葬式を終えて、いよいよ納棺。

我が家は親族があまり亡くなってこなかったので姉は初めての骨拾い。

私は旦那の祖母で初めてやったけど、なんとも言えない気持ちになる。

 

参加するたび思うけど、あの儀式は一体何だろう。

そもそも火葬って、どうなんだろう。

骨を取っておくことに何の意味があるんだろう。

 

大きい骨をザクザク棒で突き割っている親戚の人をぼーーーっと眺めながら

「これ以上の不謹慎な映像ってあるのかな」と思ってみたり。

 

今の火葬場はハイテクで

札幌の火葬場は30体ほどの遺体を一気に焼くことができるのですが

その順番というか、焼きあがる時間が

大きい電光掲示板に表示されるの。

パン屋さんのオーブンか。

 

焼かれているご遺体は、名前の横に「火葬中」

親族で納骨のまさに最中のご遺体の名前の横には「納骨中」

 

競馬かよ

出馬中、出走中

シュールだなあと思いました。

シュールだシュールだと姉と叔母と笑っていると

不思議とじいちゃんも笑っているような気がするんだよなあ。

 

70近くの介護疲れでピリピリしていた叔母と久しぶりにゆっくり笑った。

 

昔ながらの煙突から煙が出る

みたいなそんな風景はなくなり、都会的で無機質で、美しい火葬場。

 

じいちゃんが死んで一番心に変化があったのは息子ちゃん。

骨を骨壺に納骨していくとこまですべて眺めていたし、死んだじいちゃんの肌に何度も触れて、花を添えたりして、静かに坊の経を聴き、大人と同じように遺体と接した二日間。

 

初め「ひいじいちゃん、死んだよ」と伝えたときは

「死ぬって石になるってこと?焼いちゃうってどうなるの?」

とあまりよく分かっていませんでしたが

跡形もなく、骨と灰になったひいじいちゃんを見たことは衝撃的だったらしく

納骨の時間は

「具合悪い・・・」とずっと遠巻きに見ていました。

(そもそも子供にはもちろんやらせないけどさ)

 

結果、一人でトイレに怖くて行けなくなり

じいちゃんがいる、と寝る前につぶやき泣き出したり

「ママもパパも焼かれたくないから絶対に死んじゃだめだから」と言ったり

 

それはそれは心にトラウマを残してしまった模様。

 

まあ、これも経験だ。

 

そんな息子にいつか私も骨を拾ってもらうんだから

 

オーブンで焼かれてる私を掲示板越しに

「パン屋かよ」

って笑ってくれる息子になってくれ、母はそれだけで幸せよ。