大人のうる休み

そこそこ大人、中身は子供、時々オヤジ「うる」のずる休み推進日記です。

もうフェミニズムの主張がわからない

Twitter中毒あるあるなのかしら。

最近、いや、前からなのか、フェミニズムという概念が独り歩きどころか、パラレルワールドに迷い混んでる気しかしない。

え、70年代のブルジョワ反対!みたいな?

幸せな毎日を送っているこっちが責められている気がするくらい、迷い混んでる。

 

普通の結婚して、普通の生活しているこっちが

「もっとちゃんと考えて!私たちは男から搾取されているのよ!」と無理やり髪を鷲掴みされて、説得されているような。

まあ、全ては見なきゃいいじゃーん、なんだけど、特にTwitterなぞ。

 

でも、その狂信的な主張を見させられているからこそ、冷静に自分と家族と回りの環境を眺められるという利点もあるので、ついつい見てしまう。

見るたびに「ザッツ・他人事!」となる。

 

単純に、自分が不満に思ったり、イラッとしたことを無理やり社会的問題に持ち込もうとするその姿勢が、フェミニズムのおかしいところ。

これは、家庭と会社を例にとることがよくある。だから共感もされやすい。女はとにかく共感が好きなのだ。だから、狂信的になるのも早い。もちろん、私も共感が好きだ。否定されるより共感は楽しいし、ホッとする。

 

そりゃ重箱の隅をつつけば、なんだって共感することもあるでしょうよ。

 

分かりやすく家族の話をすると

私の旦那は優しい。一言では言えない優しさがある。穏やかさ、とはちょっと違う。

あまり人を頼らないから、自己完結が上手い。あまり友達がいないけど、それは人付き合いが下手だとは思わない。

人付き合いを人生の重要な場所としていないような気がする。いい意味で気が利かないが、自己完結だから、人にそもそも迷惑をかけないし、気を使わせないという高度な技を持っている。心から尊敬できる。

 

このような夫に

「搾取されている」と感じるポイントが何一つ見つからない。

常に、旦那が望むことや、やりたいことが、そもそも誰にも迷惑を掛けないからだ。大した趣味がないってこともあるんだけど。

 

旦那は出勤前に、洗濯をして、干す。

私が帰りが遅かったら、ご飯を作って、子供と食べている。

洗い物があったら、すぐに洗う。

部屋が汚れたら、掃除機をかけるし、床を拭く。

 

これを無理なくこなす。強要したことも、されたこともない。

私がダメ主婦なんだなぁ、と思うけれど、比重で言えば半々位だと思う。と、思う・・

つまり、気がついて、元気でやる気がある方がやる、というシステムが完璧に出来ている。

こうなると、私もこの人に合わせなきゃ!と思うのだ。おんぶに抱っこされてるのは納得いかなくなる。甘んじている自分が情けなくなる。

 

旦那のために、好きなご飯を作ろうと思うし、旦那がいない間に掃除をしてキレイにしようと思う。

旦那が出張でいなかったら、帰ってくる前に洗濯をしまくって、旦那の負担を減らしたいと思うし、万全な状態で迎えたくなる。

私だって、ちゃんとした大人だし!と張り合いたくなる。不思議だ・・

とうとう旦那と対等になりたくて、旦那と同等の給与を得る仕事につけた。

これは、私にとって、とても大きい出来事だった。家事と育児が疎かになることも多少懸念したけれど、この人となら大丈夫!と強く思える。

結婚するまで、全てがだらしなかった私に、こんな本質があったとは・・負けず嫌いなんだなあ。と結婚10年目でしみじみ感じた。

このような状況の私が「女性搾取論」を唱えられても、心が揺らぐわけないよなあ。

 

うまくいかないことを回りのせいにするのは簡単で、その矛先を社会のせいにするのは更に簡単だ。自分のせいじゃない、この国が、世界が悪いといえばそれらしく聞こえるものだ。うまくいけば、同調まで得られる。

だが、それが本質的な満足になるだろうか。

社会がたとえば、角度が5°ずつ変わったとしても目の前の夫や、勤めている会社は変わるだろうか。

ネガティブなことをTwitterで言って、共感を得られたとしても、現状を自分の手で変えられない人が、本当に納得いく答えが出せるのだろうか。

 

だから、フェミニズムはいつ見てもわからないのよ。私の言ってることは所詮他人事なように、あなたの言ってることも他人事。

それに対して「立ち上がれ女ども!」という雰囲気を社会に蔓延されると、男性が萎縮しまくる世の中になるのが見ていて辛い。

平等とはほど遠い方向に向かうなよ、フェミニズム。。